日本社会は今、大きな曲がり角を迎えている。戦後の繁栄を支えてきた経済が急激な低迷を見せているように、グローバル化社会の中で従来の日本型手法や発想があらゆる場面で行き詰まりを見せている。そうした状況は政治・経済だけでなく、スポーツの場においても同様である。従来、日本のスポーツは一種の国民性でもある繊細さや俊敏さを生かした技術で世界と伍してきたが、体力に勝る諸外国が日本のお家芸でもある技術を模倣し始めたためにオリジナリティを失い、ボールゲームを中心に低迷を続けている。日本経済を支えてきた技術が世界にとって変わられた現象と同様のことが、今、日本のスポーツ界にも起こっている。今回はそうした認識を背景に、日本の経済とスポーツが共に陥っている現象、ディフェンスからいかにターンオーバーの術を探るか、そのための新たな発想とは何か、また日本経済再生のためにスポーツの果たし得る役割とは何かなどについて、経済の専門家である経済産業省通商局長、佐野忠克氏をお招きして語り合っていただいた。

佐 野先ほど、グローバリズムについて申し上げましたが、その結果、今、どのようになっているかというと、モノや人が動いて行くことのコストが安くなってきているのです。大きな飛行機や船、コンテナが出てきて、関税が下がり、通関も簡単になって、ビザもスッと出るようになった。中にはビザがなくなるところもある。こういう時代になってきたのです。ところが昨年9月にアメリカで同時多発テロが発生した。このテロの事件で何が起こったかというと……経済学的に言うとモノの動きにコストがかかるようになったのです。コンテナの荷物の中に爆弾や何かが入っているのではないかと考えるようになり、全部のコンテナを開けてチェックするようになった。そうすると、グローバル化によってせっかく迅速になった輸送手段が、最終チェックのためにものすごく時間とコストがかかり始めた。それを考えると、やはり世界が平和であるということが、全部のコストを下げることになるのです。

平 尾なるほど、テロの影響というのはそういうところにもあるんですね。

佐 野われわれは戦争というのは、どこかの国で起こっている出来事だと思っていますが、テロというのは世界中で可能性がある。では、そのとき何が起こるかというと、人の移動やモノの移動、全てに対してコストがかかり始めるのです。コストがかかると、途端にモノや人が移動しなくなりますから、そういう意味においては時代は70年代に逆戻りする。いや、実際には戻らないんですが(笑)、現象としては似ている。だから、われわれはそういうパラダイムをどうやって次の時代に持っていくかということを、いろんな場で議論をしていかなければいけないのです。

平 尾なるほど、世界の安定が経済の発展には欠かせないわけですね。

 

平 尾今日は難しい(経済の)話を分りやしくしていただき、とても勉強になりました。佐野局長に長時間、こうしてお話いただく機会もなかなかないことなので、最後に「スポーツが今後の経済の発展に果たす役割とは?」について、うかがいたいのですが。今回のサッカーワールドカップでは、神戸市も開催地の一つになっています。サッカーに限らずスポーツが社会に果たす役割、経済に及ぼす影響ということも、これからは非常に重要になってくると思うのですが。

佐 野経済的な説明で申し上げると、今の日本というのは一人当たり3万5千ドルの経済です。それぐらいの所得水準にある。かつ子供の数が減っていくという状況の中で、本当の欲求は何かというと「いかに有効に自分の時間を使わせてもらえるか」、また「いかに有効に自分の空間を使わせてもらえるか」ということだと思います。人間はどんなに頑張っても1日5回も食事はできません。2000カロリーを摂取すれば足りるところを、5000カロリーも採るというわけににはいかない。だから、その間に「良い時間を使う」「良い空間を利用する」ことが大事になる。そういう意味で、スポーツというのは見るにしても、やるにしても、自分の時間をどう使うか。24時間の有効な使い方の一つになると思います。

平 尾24時間ずっと仕事しているわけにいかないし、映画を見ているわけにもいかない。ずっと食事をしているわけにもいかない。そうすると、自分で体を動かしているということも大事だというわけですね。

佐 野そういうことですね。それとある種のエンターテイメントとして、スポーツを「見るもの」としても大事だと思います。プロフェッショナルなスポーツというのは、大部分は見るものです。そのためには、見るものとしてちゃんと成立していなければいけない。そのためにスタジアムを作り、交通手段を整えたりというのは、資本効率や空間の利用効率としては決して良くはありませんが、それでも日本人にとって一番良い場所、日本に見に来られる人にとって一番良い空間だと思ってもらえる場所でなければいけないと思います。

平 尾そういう意味では、そうした空間を日本人だけで使う考え方ではいけませんね。

佐 野そういうことですね。逆に言うと、日本人も含めてそういう人たちをどこまで移動させられるかだと思います。スポーツ界も日本人と日本人が試合をしていると思い続けてはいけない。もっともっと国際的な試合があったらいいし、それも日本対どこかという国際試合でなくてもいい。もっとインターナショナルになっていい。まさにサッカーのワールドカップが来たように、別の国の人たちが日本で試合をしてくれていいと思います。

平 尾なるほど。

 

●プロフィール
佐野忠克(さの ただかつ):1945年7月10日、神奈川県生まれ。
69年、京都大学法学部卒業後、通産省(現経済産業省)へ入省。通商局通商政策課を皮切りに主に政策畑でキャリアを積む。78年には基礎産業局で鉄鋼産業の通商にも携わる。89年からは通商局で西欧アフリカ中東課長、欧州アフリカ中東課長、産業構造課長などを歴任。93年には総理府内閣総理大臣秘書官、94年には通商政策局国際経済部長、98年には貿易局長、99年には大臣官房長を経て、01年1月より経済産業省通商政策局長を務める。

 

 
 
Copyright(C)2000 SCIX. All rights reserved.