佐 野そのために大事なことは、日本に最高級の人たち(プレーヤー)に来てもらい、最高級の人たち(観客)に見てもらうということです。要するに、どれだけ質の高い時間、質の高い空間の使い方を世界中まの人たちと共有できるか、ということですね。そうなると、まだまだ日本の経済は伸びる余地があると思います。

平 尾だから、プロスポーツもすごく大事なんですね。

佐 野そういうことです。ただ、全てのスポーツをプロ化すべきだと言っているわけではないんです。お正月のラグビーでも神戸製鋼が出るときは楽しみに見ていますが、それは自分にとって一番いい時間の過ごし方であり、満足度の高いことなんです。その間どこかで食事をしたり、歌を歌っているより、満足度は高い(笑)。そういう意味で、自分にとってのお正月のラグビーはスポーツ観戦であると同時に、一種のエンターテイメントなんです。だから、呼び方は(プロでもアマチュアでも)どうでもいい。いかに、そうした満足度を与えられるものにするかだと思います。エンターテイメントの範疇には、笑いを求める人もいれば、いいスポーツを見ることによって満足度を高める人もいる。マイケル・ジョーダンの超人的なプレーを見て楽しいと思う人もいれば、平尾さんの華麗なパスや走りを見て、一瞬なんだけれどもすごく満足度を高める人もいる。そういう人がどれぐらいいるか。また、そういう人たちにどれぐらい(質の高いものを)見せられるか、どれぐらい満足させられるかだと思います。

平 尾まさに、おっしゃる通りだと思います。

佐 野私はそういう意味において、これからのスポーツは企業に従属するものではなく、クラブ制が一つの新しい価値を生み出すと思っています。逆に言うと、たった一人の顧客のために何かをするということは、これからはあまり価値を生み出さない。たった一人というのは、たとえば企業に属するチームは、その企業に運営資金を出してもらっているわけですから、その企業のためだけにプレーすればいい、というのがこれまでの発想だったわけですが、これからはそれだけではダメだということです。
あらゆる意味において、そのチームに関わっている人たちが……その中には観客も、コーチングスタッフ、一緒にプレーする人たちも……全ての人たちが高い満足感を得られるような関わり方を考えていかなければダメだということです。そういう意味で、いったい誰がクライアントなのかということを、これからは考えていくべきだと思います 。

 

平 尾いいご指摘だと思います。実はそれが一番、今のスポーツに欠けているところだと思います。経済ではよく「メガコンペティション」という言葉が使われますが、スポーツも完全にメガコンペティションの時代に杯っています。もはや巨人対阪神の時代でなく、野球対サッカーという競技間同士の戦いが始まっていて、負けた方が衰退していくという厳しい時代です。もっと言うと、スポーツ対テレビゲームの時代です。特に幼年期の部分では、スポーツは圧倒的にテレビゲームに負けています。

佐 野ハハハハ。

平 尾なぜかというと、今、局長が言われたように、時間と空間で彼らはそっちの方が面白いと思っているからです。実際のスポーツのように、大した練習をしなくてもテレビゲームの中なら中田のプレーがリアルにできてしまう。それだけ高度なレベルになってきているんです。

佐 野なるほど。

平 尾ただ、スポーツはつらい思いをするかもしれないけれど、そのプロセスに非常に面白みがあって意義がある。それをうまく教えていかないと、テレビゲームには勝てない。ますます衰退していくのではないかと思っています。そういう意味で、すでに大きな戦いが始まっているということを自覚して、そのための準備をしなくてはいけないと思います。

佐 野私は最近ゴルフぐらいしかやりませんが、あれは見るスポーツではなく、自分でやるスポーツだと思います。もちろん、タイガー・ウッズが18番でイーグルをとるのを見るのはいいんですが(笑)、でも、あれをテレビゲームでやっても面白くない。そこをもう一度、人間がリアルに動いて何がやれるかということに持っていく。たとえばラグビーなら、相手のプレーの裏をかくためにどれだけ練習するか。それが達成できたときに、どれだけ満足感が得られるか。そうしたことを、みんなに教えていかなければいけないと思いますね。

平 尾おっしゃる通りだと思います。

佐 野それは企業も同じです。ただ単に人を雇って「さぁ、働きなさい」と言ってもダメなんです。今は企業入らなくても、フリーターとして食べて行こうと思ったら、それなりに食べていける。そうではなくて、この仕事を何年間かやっていくことが、いかに自分にとって達成感が得られることか、ということを出していかなければダメなんです。

平 尾そうですね。

佐 野みんなが自分なりの達成感を感じられる……「この仕事は自分しかできない」とか「自分は仕事を通してこんなことができた」とか、そういう喜びをどう持たせていくか、という作業をしていかなければいけないと思います。

平 尾本当にその通りだと思います。

 

 
 
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