佐渡ラグビーと捉え方は違うかもしれませんが、音楽にとっても空間はすごく大事なんです。音楽の場合は「空間」にはいろいろな意味があって、その一つに「音の空間」というものがあるんです。

平尾というのは?

佐渡たとえば、音楽を構成するものの中でメロディーは線なんです。1本の線だから幅があるわけではないし、奥行きもない。この線にハーモニーを加えると、音に奥行きが出てくる。けれども、それだけではまだ十分ではない。そこで、さらに「空間」という感覚を入れると、音がものすごく生きてくる。それも、ただ加えるのではなく、永遠の空間を作ろうとすることもあれば、逆に空間を限定することもある。空間を自由自在に操ることによって、幅も奥行きも空間もある音楽を作ることができるんです。

平尾なるほど。

佐渡ベルディとプッチーニは、どちらもイタリアが生んだ偉大な作曲家です。二人とも3時間も4時間もかかるような壮大なオペラを書いているんですが、音楽自体も強くておもしろいものを書いていても、内容はまったく異なっているんです。ベルディの作品は、男女の恋愛から始まっていても、それが政治を動かすようなところまで発展する。舞台装置も、ピラミッドがあったり大軍隊が旗を持って出てきたり、ものすごく大がかりなものになるんです。一方、プッチーニの方は四畳半一間のドラマ。貧しいカップルがいて、しかも病気に苦しんでいるというような、ひと昔前の日本の昼メロ的なものなんです。それでも、ものすごく深いオペラになっていく。この二つだけを見ても、オペラが必要としている空間の大きさは、まったく違ってくるわけです。

平尾なるほど。それぞれにふさわしい空間を作ることが要求されるわけですね。

佐渡そうなんです。それに、オペラの場合は劇場が持っている空間というものもあって、音楽に大きな影響がある。ヨーロッパのオペラは1000人から1800人ぐらいの観客数の劇場、オペラハウスで上演されることを考えて作られているんですが、そこでどうしたら観客が泣き、喜び、感動するのかということが見事に計算されている。だから、オペラハウスもそういった作品の意図をくみ取れるような空間を持っている。日本の場合は、確かに音響のいいホールは以前からありましたが、サントリーホールとか琵琶湖ホールのように空間を感じさせるような素晴らしいホールが建てられるようになったのは、ここ10年ぐらいことなんです。

 

平尾佐渡さんは指揮者ですから、「こんな空間を持った音にしたい」ということ大勢のオーケストラに伝えなければならないわけですよね。それは、どんなふうに指揮をして伝えるんですか?

佐渡これは、バレリーナとか役者などにも共通することだと思いますが、まず自分がイメージを持つことですね。ちょっと精神論的になってしまいますが、イメージを持つことによって指揮をするときの体の動かし方が変わってくるんだと思います。たとえば、腕を体の前に広げる動作でも、「僕は」というようにエネルギーを抱え込むイメージがあれば、腕の動きにもそういったものが表れて、オーケストラにもそれが伝わる。「あなたは」という時には、エネルギーを外に向けるイメージがあれば、腕の動きも自然にそうなるし、相手が2メートル先にいるのか、10メートル先にいるのかといったことも、イメージを作ることによって変わってくる。だから、イメージするということはすごく大切なことだと思うんです。そういった動きはある意味では「型」なのかもしれませんが、だからといって2メートル先の「あなたは」を表すために、家で鏡を見ながら練習しているということはありません(笑)。

平尾要は、そのときのフィーリングというわけですね?

佐渡そうなんですよ。フィーリングだけど、それできちんと伝えることができるんです。実は僕は、昨日日本に帰ってきたんですが、1ヶ月前にはイタリアに1週間いて、それからフランスに戻ってベルギーのオーケストラとのドイツへ演奏旅行があって、またイタリアへというスケジュールだったんです。

平尾それは、ハードですねぇ……。指揮者というのは、短期間にいろいろな国のオーケストラを指揮しなければならないわけですね。

佐渡そうなんですよ(苦笑)。それで、フランスのオーケストラとはフランス語で、イタリアのオーケストラとはイタリア語で、ベルギーのオーケストラとは英語でコミュニケーションを図るんです。

平尾それも、すごいですね。

佐渡「いったい、何カ国語しゃべるんですか?」という感じでしょ(笑)。でも、実際はたいしてしゃべれない(笑)。それでも、オーケストラと練習をしていて困ったことはないんです。もちろん、笑い話になるような小さなミスはしょっちゅうありますよ。でも、僕が何をしたいのかということは、どこの国のオーケストラにもちゃんと伝わるんです。

平尾なるほど。それはつまり、佐渡さんがしっかりと作りたい音をイメージすることで、オーケストラの人たちにもそれが伝わっているということなんですね。

佐渡そうなんです。ただ、これから先、指揮者としていろいろな活動をしていくことを考えると、もう一つ先の語学力も必要になるとは思っていますが、それよりもまず自分の作りたい音をイメージすること。それが大事なことなんです。

<<つづく>>

 
 
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