『スポーツは「良い子」を育てるか』という本に出会った。スポーツジャーナリストの永井洋一氏の著書である。そこには、少年期にスポーツをさせておけば、礼儀正しく協調性のある「良い子」に育つという親の思い込みの犠牲になっている子どもたちの実態や、しつけを身に付けさせるのがスポーツの役割だと勘違いしている指導者がいかに多いか実例とともに紹介されていた。そして、本来ならば少年期にスポーツを通して吸収できるはずの「主体性」や「創造性」といった「スポーツ・インテリジェンス」が、置き去りにされている現実に警鐘を鳴らしている。そこで、今回は著者の永井氏とともに、真の意味で選手を“育成”する指導のあり方、スポーツを通して自立・独立(インディペンデント)できる人間を育成することの重要性について話し合った。

平 尾永井さんが先頃書かれた『スポーツは「良い子」を育てるか』を読んで、たいへん納得しました。まだまだ、古い考え方の指導者がたくさんいますから(笑)、永井さんがお考えになる指導のあり方について、今日は思う存分、話していただきたいと思っています。

永 井ありがとうございます。僕はいろいろな人を取材していますが、平尾さん世代から下の年代の指導者には、いい人材がたくさん出てきていますね。

平 尾そうかもしれませんね。ちょうど今は、スポーツ界は指導者も含めて変換期なんだと思います。

永 井ただ、そういう若い人たちは、どの競技でもまだ組織内での力がないんですね。野球界がいい例で、変えていかなければいけないと主張している人も多いのですが、なかなか若い人たちの声が通らない。それは、ほかの競技、スポーツでも同じです。でも、期待は持てると思います。

平 尾さまざまな競技において、今は脱皮する直前にいるという感じもしますね。そんな中で、サッカーはプロ化というきっかけもあって、うまく脱皮したように思います。昔に比べ、さまざまな面でだいぶ前に進んだような気がします。

永 井
サッカーが幸運だったのは、世界中で行われているスポーツだったということですね。アメリカ以外の多くの国々で、サッカーはトップスポーツです。だから、たとえばトレーニングとかコンディショニングの方法、あるいはビジネスとしてのノウハウなどといったスポーツを発展させるためのエッセンスが、すべてサッカーに集まっている。サッカーを通していろいろな国と付き合うと、そういうものが見えてくるんです。日本のサッカー関係者は、そういったものを素直に取り入れた。それがよかったんだと思います。

平 尾そうですね。プロ化する前、日本リーグの時代だったころは、ちっとも客が入らず閑古鳥が鳴いていたという状況だったでしょう。そこでサッカーはプロ化を選んで、新しい筋道を作り始めましたよね。たぶん、サッカーはそのとき、負けを認めたんだと思います。プロ化に対して反対意見も相当あっただろうけど、それと対決できたのは、サッカーは負けたんだから新しい土俵を作らなければどうにもならないという危機感があったのでしょう。たくさんの選択肢の中から一つを選んだのではなくて、それを選ばなかったら後はないぞというところまで追いつめられていたのかもしれませんね。

永 井そうですね、それはあると思います。

 

●プロフィール
永井洋一(ながい よういち):スポーツジャーナリスト
1955年、横浜市生まれ。成城大学文学部卒業。大学在学中に少年サッカーの指導を始め、卒業後、地域に密着したスポーツクラブを理想に掲げてサッカークラブを立ち上げ、専任のコーチとして運営にあたる。その後、日産FC(現 横浜F・マリノス)のコーチングスタッフに。スポーツ専門誌の編集を経て、現在は豊富な経験と知識をベースに、サッカーを中心とした執筆活動を展開。著書に、『スポーツは「良い子」を育てるか』(NHK出版)、『日本代表論』『絶対サッカー主義宣言』(双葉社)など。


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