これまで成長し続けてきた日本社会が、現在は右肩下がりという状況を迎えている。そうした時代に、スポーツに寄せられる期待、担うべき役割も大きく変わりつつある。スポーツNPO「SCIX」では、スポーツを通じた新しい形での人材の育成を目指しているが、実際には試行錯誤の連続である。今回は大学教育の現場で、いち早く改革に取り組み、実績を残してこられた名古屋大学・松尾稔氏に、この時代に求められる人材育成について、また、その中で大学やスポーツの果たす役割について伺ってみた

松 尾これまで話してきたリーダーシップ論に、もう一つ付け加えておきたいのが、「素早い判断、決定、実行力」ということですね。これがないと、どうにもならない。たとえば名古屋大学の場合ならば、部局長を集めて「皆さんのご意見は、どうですか」などといちいち聞いていたのでは、学校運営はスムーズには進みません。ラグビーなんか見ていても、瞬間の判断と決定ができないと、リーダーシップは取りにくいのではないでしょうか。

平 尾そうなんです。先ほど先生は、山岳部でリーダーシップを鍛えられたと言われましたが、そのリーダーシップにも反射神経というか、スピード感のようなものは必要ですか?

松 尾そうですね、物事によっても違いますが…。例えば、冬の山をかなりの時間をかけて登る際にどのルートにするか判断するときと、危険を回避するために瞬時に判断をするときとでは、自ずとスピード感は違ってきます。

平 尾なるほど。登山では、一瞬のうちに生死を分けるような判断をしなければならないこともあるでしょうし。

松 尾そうですね。たとえば、冬の岩場を登っていて落ちる時にどうするかというと、背中を向けて足で岩を蹴るんです。ハーケン(岩の割れ目に打ち込む釘で、ザイルを通したり足場や手がかりにする道具)は二つ、三つ抜けてしまうけど、その方が助かる可能性が高い。その判断は瞬時にするわけで、先ほど話に出た「ひらめき」なんですね。ただ、「ひらめき」とはいえ、あるところまでの学習をしているからこそ、そういう判断ができるんです。

 

●プロフィール
松尾 稔(まつお みのる):1936年7月4日 京都府出身。1962年、京都大学大学院工学研究科博士課程修了。65年には京都大学工学部助教授に、78年より名古屋大学教授となり、工学部長を経て98年には総長に就任。土木学会会長、日本学術会議会員、国立大学協会副会長などを歴任。著書に『21世紀建設産業はどう変わるか』(楽友地盤研究会)、『地盤工学―信頼性設計の理念と実際』(技報堂出版)など。

 

 
 
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