スポーツ界のみならず、教育やビジネスの世界でも“個性を活かす”ことの重要性が唱えられている。しかし、個性を活かしながら組織としての力を高めていくという理想的なスタイルを目にすることはまだまだ少ない。一人ひとりの潜在能力を引き出し、個性を活かすことができる土壌をつくるには何が必要なのか。あるいは、組織の中で最大限、自己を活かすためには、自らをどのように変革していくべきなのだろうか。今回は、神戸製鋼ラグビー部の7連覇時代の組織作りに注目し、『脱管理を通じた自己組織化』という論文をまとめられた東京工業大学教授・今田高俊氏をお招きし、これからの時代に求められる組織のあり方と、本当の意味での自己改革について語り合った。

平 尾15年ほど前になりますが、ある方に「ラグビーはチームプレーか、個人プレーか」と聞かれたことがあるんです。普通ならばチームプレーと答えるでしょうが、僕はどっちかなと迷ってしまったんですね。結論を言えば当然、ラグビーはチームプレーです。でも、よく考えると個人プレーに近いような気がする。個人プレーの連続がチームプレーになるのだから、個人プレーがなければチームプレーなんてあり得ないわけです。つまり、ラグビーという団体スポーツを行う場合でも、それぞれの個性や特性をどういう形でチームに活かしていくのかということを、もっと考えなければいけないし、それを考え実践していくほうが結果的に効率よく人材を活用できるんだと思います。

今 田おっしゃるとおりですね。今、「個人プレーなのか、チームプレーなのか」という質問にちゅうちょしたと言われたけれど、そもそも個人プレーとチームプレーの二つに分けて考えるということがおかしいと思いますね。ラグビーなどの団体スポーツに限らずいろいろな組織においても、個人プレーがそのままチームプレーにつながっていくような仕組みを作るべきなんです。

平 尾僕も、そう思います。

今 田そこには、「活私開公(かっしかいこう)」、つまり「私を活かして公を開く」ということが必要になってくる。

平 尾と、おっしゃいますと?

今 田これまでは、公・組織・チームなどにまつわる“公事”と、個人的な“私事”とを二つに分けて考えるのが普通でした。どちらが大切かと問われると、一昔前までは、エゴイスティックに思われないように、ある程度“私事”は抑えて、“公事”を優先させてきた。“私事”を優先させることは、「公共心のない人間で、それは悪いことだ」と思われていましたから。

平 尾そうですね。「仕事のため」「仕事だから」といって、プライベートを犠牲にしてきた。

今 田はい。ところが、最近では少し様相が変わってきました。公を活かすために私を犠牲にしなければならないなら、“公事”はやらないという状況も出てくるようになってきたんです。そんなふうに、“私”と“公”とが分かれてしまって、隙間が埋まらない。何とか両者をつなぐことを考えなければいけないというので、“私”を活かしながら“公”のパワーアップにつながるという理論、考え方が必要なんです。

平 尾それが、先生のおっしゃる「活私開公」ですね。

今 田はい。たとえば、ボランティアとかNPOというのは、もともとそういう考え方が根底にあるんです。人を助けたり支援したりすることが、自己実現につながっている。つまり、自己実現のためにボランティアやNPOに参加しているから続くのであって、「人を助けてあげる」という気持ちだけだったら長期間、続けていくのは無理ですよ。

平 尾確かにそうですね。何かしら自分のためにならなければ、続かない。

今 田つまり、自己実現が図れるという意味で私を活かしているけれど、それが社会のため他者のためにもなっているわけです。これからは、そういう仕組みを作っていかなければならないと思いますね。

 

●プロフィール
今田高俊(いまだ たかとし):1948年4月6日、兵庫県神戸市生まれ。
東京大学文学部社会学科卒、同大学大学院社会学研究科博士課程修了。東大文学部助手を経て、'79年より東京工業大学工学部助教授、'88年同大学教授、'96同大大学院社会理工学研究科教授となる。専門は社会システム論、社会階層研究、情報社会論。現在は、システムが自力で自らの組織を変える「自己組織性」をテーマとした研究を行っている。著書に『自己組織性−−社会理論の復活』(創文社)、『複雑系を考える―自己組織性とはなにか』(共著、ミネルヴァ書房 )、『意味の文明学序説―その先の近代』(東京大学出版会)など多数。

 

 
 
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