「スポーツインテリジェンスの認知と普及」−−。これは、SCIXが設立理念として掲げている大きなテーマのひとつである。スポーツインテリジェンスとは、スポーツに関するさまざまな「知」のことであり、たとえば創造性や主体性、判断力などといったものが含まれる。私はこれまでの選手、監督の経験を通して、世界を相手に戦うためにはハイレベルなスポーツインテリジェンスが必要であることを痛感した。特にラグビーのように体格的なハンディを抱えるスポーツでは、知のスピードで相手を上回らなければ勝機を望むことさえ難しい。ところが、そのスポーツインテリジェンスが欧米のスポーツ先進国に比べて明らかに劣っているのだ。では、なぜ日本人はスポーツインテリジェンスの部分で遅れをとってしまったのか。それは、どうしたら養っていけるのか。この大きな命題について、スポーツライターのみならず音楽評論家、小説家としても活躍をしている玉木正之氏とともに語り合った。

平尾僕は、代表の監督をしていたときだけでなく、選手としてプレーしていたころから、世界との差はよく言われる体格面よりも、むしろスポーツインテリジェンスの方にあるんじゃないかと思っていました。中でも、判断力のスピードに関しては、かなり後れをとっていると痛切に感じています。ラグビーやサッカーは、ゲームそのものに流れのあるスポーツですよね。40分なら40分というゲームの間は、タイムアウトを取って作戦を考えたりするようなことはできない。それが大きな特徴であり、だから選手はゲームがずっと動いている中で、自分で判断してプレーしなければならない。この寸断されない時間帯の中で、目の前に起こったことにどう対処するか。この判断のスピードが日本のプレーヤーは明らかに劣っているし、能力としても非常に乏しいと感じているんです。

玉木たとえば、野球のように監督が出した指示どおりに、正確にプレーをするというものとはちょっと違いますからね。

平尾どちらかというと日本人は、そういった決めごとはちゃんとできる。でも、状況を見て、個人が判断を下すというのは苦手なんです。ところが、ラグビーの生命線はそこにある。ゲームという流れの中で、選手個々がいかにレベルの高い状況認識をして判断をしていくかという能力が問われるスポーツなんです。でも、実際には野球の1000本ノックに代表されるような反復練習がほかの競技を含めても多くて、状況判断を養うことがなかなかされていませんよね。さらに、主体性や創造性といったほかのスポーツインテリジェンスも育まれ難い環境にある。玉木さんはラグビーだけでなくいろんなスポーツを取材されていますが、こうした点についてはどのように感じておられますか。

玉木今、ちょうどプロ野球のキャンプのシーズンですよね。その様子を見ているとわかるんだけどすべてがコーチの指示で決まっているでしょう。朝起きて散歩するのまで一緒(笑)。決められた時間に、決められたコースを選手がぞろぞろと散歩をする。本来、選手はそれぞれコンディションが違うわけだから、今日はゆっくり海岸を歩きたいとか、朝から軽く走りたいとかいろいろいていいわけじゃない。でも、それは許されない。「決めごと」はプレーだけではなく、そこに至るまでの間に日常的な場面ででたくさんある。そういう中で鍛えられていく選手に、「自分で判断しろ」といったところで、それは無理。じゃあ、それをどこから直していけばいいのか、それも難しい問題だよね。

平尾そうですね。これはフィールドの中だけでは直らない話で、学校教育や家庭内での親子の関係においても、自分で判断させるという場面が少なくなっている現状がありますから。そこを変えればすぐに良くなるというほど簡単な問題だとは思いませんが、学校や家庭のあり方が少なからずスポーツにも影響しているとは思います。

玉木ただ、希望的な話をするならば、スポーツの側から変えることも可能かもしれないよね。要するに、スポーツの中でたとえば状況認識や判断力を要求してくることによって、その重要性に気づいて日常まで変わるようになっていくのがいちばんいいんだけどね。

 

●プロフィール
玉木正之(たまき まさゆき):1952年4月6日、京都市生まれ。東京大学教養学部中退。大学在学中から新聞で評論やコラムを執筆し、大学中退後、ミニコミ出版の編集者等を経てスポーツライターとして活躍。独自の視点を持ってスポーツ界の問題点を指摘するものの、現状が変わらないために、一時スポーツライターを休止。音楽評論家、小説家、放送作家などに活動の場を移したが、99年に『スポーツとは何か』(講談社現代新書)の出版を機に、再びスポーツについても健筆を振るう。ほかに、『音楽は嫌い 歌が好き』(小学館文庫)、『京都祇園遁走曲』(文芸春秋)、『不思議の国の野球』(東京書籍/文春文庫)、『Jリーグからの風』(集英社文庫)、『平尾誠二/八年の闘い』(ネスコ出版)など著書多数。

 

 
 
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