日本社会は今、大きな曲がり角を迎えている。戦後の繁栄を支えてきた経済が急激な低迷を見せているように、グローバル化社会の中で従来の日本型手法や発想があらゆる場面で行き詰まりを見せている。そうした状況は政治・経済だけでなく、スポーツの場においても同様である。従来、日本のスポーツは一種の国民性でもある繊細さや俊敏さを生かした技術で世界と伍してきたが、体力に勝る諸外国が日本のお家芸でもある技術を模倣し始めたためにオリジナリティを失い、ボールゲームを中心に低迷を続けている。日本経済を支えてきた技術が世界にとって変わられた現象と同様のことが、今、日本のスポーツ界にも起こっている。今回はそうした認識を背景に、日本の経済とスポーツが共に陥っている現象、ディフェンスからいかにターンオーバーの術を探るか、そのための新たな発想とは何か、また日本経済再生のためにスポーツの果たし得る役割とは何かなどについて、経済の専門家である経済産業省通商局長、佐野忠克氏をお招きして語り合っていただいた。

佐 野僕は一番最初に「日本は(相手に)ボールを取られてから、何かおかしくなっている……」と言いましたが、その一つの理由に不良債権問題やバランスシート経済があります。これはどういうことかというと、ビジネスというのは「資本装備」と「労働」と「原料」といったもので構成されていますが、その中で経営者が何をするのかと言えば、そのいくつかについて一つづつ約束して取ってくるという作業なのです。それによって何かのアウトプットを作るという作業です。だから、一つづつは契約で成り立っている。この契約の典型的な形態は何かというと、「私はあなたにこれこれをお願いしますから、その条件や対価としていくらお支払いします」とうやり方です。たとえば、「1時間働けばいくら差し上げます」とか「いくつ作ればいくら差し上げます」というやり方です。資本との関係も、「株式として投資してもらえれば、利益が出たときに大量にお支払いします」とか「そうではなくて資本としてお借りして、期間が来たらいくらの金利をお支払いします」とか「5年お借りしたら、その時点でお支払いします」とか、いろいろなやり方があります。このように、全て経営者がやっていることというのは、ビジネスのための約束、契約を一つづつ交わしながら、その対価としての支払いを条件付きで決めるということなのです。

平 尾それは原料などでも同じですね。「こういう条件の原料を、これで買います」とか「何日後にこういう形で支払います」ということを全部決めてやります。

佐 野そうなんです。ところが、日本では80年代のある時点まで、どちらかというと労働者との契約、労働に対価された技術を高めていくことによって、言ってみれば日本の企業の強さを持ってきた。その支払い条件を、いろいろと考えてきたのです。その一方で資本との関係はどうだったかというと、全て固定金利で借りるという発想を固定化させてきた。それ(借りた)以上は支払わない、もしお金が儲かったら貯金すればいい。一時金利については考えないという発想です。

平 尾なるほど(笑)。

佐 野ところが、ある時から急に資本の倫理が勝ち始める。そもそも資本主義というものがそうなのですが、90年代に入るとそうした考え方が強くなり、日本は信じ難い資本主義になってくるのです。それまでは、どちらかというと共産主義か社会主義だと笑い話で言われたぐらい、資本や資本家には敬意を表していなかったのにです(苦笑)。ここで言う資本家というのは、大部分が郵便貯金などを含めた一般預金者なのですが、経営者はみんな勝手に借り入れて、できるだけ低い金利で単純に返済だけをしていた。資本家というかお金を貸してくれた債権者には一言も文句を言わせなかったのです。

平 尾なるほど……。

 

●プロフィール
佐野忠克(さの ただかつ):1945年7月10日、神奈川県生まれ。
69年、京都大学法学部卒業後、通産省(現経済産業省)へ入省。通商局通商政策課を皮切りに主に政策畑でキャリアを積む。78年には基礎産業局で鉄鋼産業の通商にも携わる。89年からは通商局で西欧アフリカ中東課長、欧州アフリカ中東課長、産業構造課長などを歴任。93年には総理府内閣総理大臣秘書官、94年には通商政策局国際経済部長、98年には貿易局長、99年には大臣官房長を経て、01年1月より経済産業省通商政策局長を務める。

 

 
 
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