『オーケストラの鼓動』というビデオがある。客演で招かれた指揮者が、2〜3日という短い時間でコンサートに向けてオーケストラを仕上げていく過程が描かれている。自分が表現したいことをどう伝え、個性溢れるオーケストラのメンバーをどうまとめていくのか。チーム作りをしてきた私にとって、とても興味深い内容だった。そのビデオで見事なリーダーシップを発揮していたのが、佐渡裕氏。現在はフランスとイタリアを中心に、海外で活躍をしている日本を代表する指揮者である。今回は、氏とともに日本と欧米との相違、個性派集団をまとめる統率力などについて、音楽とスポーツというお互いの立場から意見を交わした。

平尾松岡正剛さんは、サントリーのローカル・パティキュラリティ型のラグビーをほめていたわけですが、この方法を遂行するためには、「徹底したフィットネスとエクササイズが必要だ」「また、作戦を突然に変更する瞬時の勇気もいる」と書かれていました。松岡さんはラグビーの専門家でもないのに、実によく見ていらっしゃる。まさにその通りだと思って、ラグビー部のミーティングのときに読み上げたんです。続いて僕が話したのが、エクササイズのあり方なんです。エクササイズの効果を上げるためには、目的とプランと行動が必要とされているわけですが、個人でエクササイズするときにはこの3つがあればいい。でも、集団の場合は目標とプランの間にコンセンサスが入ってくるんで。

佐渡いくら目標とプランがあっても、コンセンサスが取れていなかったらエクササイズの精度が上がってこないと。

平尾はい、それが僕の持論です。僕がミーティングの時に選手たちに言いたかったのは、我々はサントリーに対して1勝1分けで勝ち越した。なぜなら、僕らのほうがエクササイズの質が高かったからなんだということなんです。

佐渡目的意識を持ち、十分なコンセンサスを取って緻密なプランを立て、それを実行した。その制度が、神戸製鋼のほうが高かったということですね。

平尾そうなんです。この4つのうち、一つでも質が落ちたら、一気にエクササイズの質は落ちる。そうなれば、ゲームでのパフォーマンスもものすごく悪くなるんです。

佐渡エクササイズの話が出ましたが、エクササイズはやっぱりつらいですよね。肉体的にはもちろん、時には精神的にも。

平尾そうですね。

佐渡そこで、お聞きしたいんですが、平尾さんがジャパンの代表監督に就任されたときに2003年のワールドカップに向かってチームをどうするのかというビジョンをハッキリと打ち出したのは、選手もビジョンを持つことでつらいことや苦しいことを乗り越えていくためのエネルギーにして欲しかったという意味合いもあるわけですか?

平尾それは、ありましたね。ビジョンというのは「こういうふうになりたいな」という目標です。いわゆるスポコン・マンガなどでは、頑張ること自体が目的になっていて、はそれを美化しすぎるところがあります。でも本来人間は、「こうなるためにこれが必要だ」とわかれば、頑張れるものなんです。ラグビーでも「あいつすごいな、あんなタックルをして」という場面があります。それは、そこでタックルをしたら敵の攻撃を止めることができてゲームに勝つという目的が達成されるはずだ、そのためにはタックルが必要だと思うからできるんですよ。ところが、人によっては「根性がある」という一言でかたづけてしまう。根性が出てくるのは、自分の中で目的が明確になったときなんです。

佐渡確かに目的もないのに、「根性を出せ」と言われても難しい(笑)。

平尾そう、根性を出したところで実りがないというか、根性の無駄遣いという気がしますね。せっかく根性を出すのならば、最大限の効果を生むような出し方をすべきだろうと思います。

 

●プロフィール
佐渡 裕(さど ゆたか):1961年5月13日、京都市生まれ。ピアノ教師だった母親の影響から3才でピアノ、小学生からはフルートを始める。京都市立芸術大学ではフルートを専攻するが、指揮者への夢を追いかけて在学中からアマチュアオーケストラの指揮をこなす。87年、タングルウッド音楽祭で小澤征爾に見出され、レナード・バーンスタインのレッスンを受ける。89年ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝。翌年、新日本フィルハーモニー交響楽団との演奏会で、プロの指揮者としてのデビューする。93年からパリのコンセール・ラムルー管弦楽団の主席指揮者を、99年からはジュゼッペ・ヴェルディ・ミラノ交響楽団の主席客演指揮者を務めている。日本では子どもたちへの音楽教育プログラムなどを積極的に行っている。また、今年は6〜7月にかけて恩師レナード・バーンスタインの不朽の名作「キャンディード」の公演を東京・愛知・大阪で行う。最新CDは『サティ作品集・ジムノベディ』(ワーナーミュージック・ジャパン)、著書に『僕はいかにして指揮者になったのか』(はまの出版)がある。

 

 
 
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