松 尾今、平尾さんがおっしゃった大衆化というのは、実はアメリカが築いた非常に大きな文化です。たとえば、イギリスの議会制民主主義、フランスの人権思想というようなものに相当するぐらい大きなものだと思っています。大衆文化を、あるレベルまで引き上げたアメリカの功績は非常に大きい。ただ、そのために「経営」という課題が出てきて、ものすごくそれが重要になってきていることも事実です。たとえば、スポーツ中継で、感動を呼ぶ場面でコマーシャルが入っていたりする。スポーツを見て大きな感動を受けるということは、教育的効果が非常に大きいのですが、その感動をまさに受けるというときに、突然「コマーシャルの時間です」では、やっぱり悲しいですね(笑)。

平 尾そうですね。大衆化が進むことによって、良いものが失われてしまったということもあります。大切にしなければいけないことを失わないためにも、これからスポーツを考えていく上で、何を本分として進もうとしているのかしっかり見据える必要があるでしょうね。たぶんこれは各スポーツごとに異なってくるんだと思います。ローカルなスポーツは無理に大衆化を目指すのではなくて、「これは、人格形成に役立つぞ」というところを本分に持っていってもいいんだろうし…。各スポーツが独自性を出していかないと、これから生き残れないでしょう。

松 尾ラグビーについては、どんな方向性を考えていますか?

平 尾今、ちょっと足を止めてみてもいいのではないかと、実は思っています。大衆化へ向かうのはいいと思います。それに、ここまでプロ化が進めば、現実問題として後戻りはできません。しかし、大衆化が進んでプロ化がある程度定着したときに、それまでのやり方を継承していきながらも、中身を少し変えていく必要がある。たとえば、ラグビーを通して子どもの人格形成をはかっていくとか…。スポーツの大衆化競争が激化すればするほど、教育的価値というのは損失されていくような気がしてならないんです。ですから、ちょっと1回、どこかで立ち止まってみるのも、いいのではないかと思っています。

松 尾そうですね。大学の問題に当てはめて考えてみても、まさにその通りだと思います。

<<つづく>>

 
 
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