これまで成長し続けてきた日本社会が、現在は右肩下がりという状況を迎えている。そうした時代に、スポーツに寄せられる期待、担うべき役割も大きく変わりつつある。スポーツNPO「SCIX」では、スポーツを通じた新しい形での人材の育成を目指しているが、実際には試行錯誤の連続である。今回は大学教育の現場で、いち早く改革に取り組み、実績を残してこられた名古屋大学・松尾稔氏に、この時代に求められる人材育成について、また、その中で大学やスポーツの果たす役割について伺ってみた

平 尾ところで、来年から国立大学は法人化されるそうですね。今、話に出たように、どのぐらい時間がかかるのか見えにくい基礎研究というのは、大学の研究室が担っている部分も大きいわけですが、法人化するにあたってどのようにお考えですか?

松 尾日本にとって重点的な分野は、きちっと育つようにしていかなければなりません。たとえば、IT関係とかナノテクとかバイオとか材料とかいうものですね。それらの分野は、国の利益に直接つながっていきます。
それから、一般分野ですが、その中には、今言われた基礎研究も入っています。たとえば、インド哲学に「サンスクリット」という分野がありますね。これは非常に大事な分野なのですが、それに取り組んでもすぐに成果が出るわけではないので、なかなか認められにくい。実際、今の時代は学生の集まりにくい分野でもあるんです。だから、もし、僕が私立大学の経営者だったら、サンスクリットとかインド哲学は、切り捨てる対象として考えるかもしれない。しかし、先進国といわれている国の基幹的な大学には、人類の共通の知的資産をきちんと継承し、発展させるべきところは発展させていくという、重要な任務があると思っています。それを担っていくことも大事なことではないでしょうか。

平 尾確かにそうですね。しかし、国立大学でも、少子化の時代、これから競争がものすごく激しくなってきますね。

松 尾その中で、大学も経済的に成り立つように組み立てなければなりません。そのためには、「重点分野に携わる人間は、外的資金を産学協同などでたくさん稼いで来て欲しい」ということですね。そしてその稼ぎを、基礎研究に回すようにしていく。これは大学経営というよりも、むしろ「学術経営」といったほうがいいかもしれませんね。

平 尾なるほど、「学術経営」というのは分かりやすくて、いい言葉ですね。スポーツでも教育でも「経営」という概念が入ってくると、大変難しくなりますね。新しい課題も出てくるでしょうし…。

松 尾そうですね。これまで、国立大学の経営者はいわば文部省だったわけです。名古屋大学も京都大学も全て、その出先機関に過ぎなかった。だから学長というのは、経営についてはまったくタッチせず、「今年はこれだけ赤字が出ますから、これだけ補助して下さい」と言うだけでよかった。その資金の帳尻は、文部省と財務省で合わせているんです。それを今度は各大学でやらなければならない。これは、大変なことだと思います。

 

●プロフィール
松尾 稔(まつお みのる):1936年7月4日 京都府出身。1962年、京都大学大学院工学研究科博士課程修了。65年には京都大学工学部助教授に、78年より名古屋大学教授となり、工学部長を経て98年には総長に就任。土木学会会長、日本学術会議会員、国立大学協会副会長などを歴任。著書に『21世紀建設産業はどう変わるか』(楽友地盤研究会)、『地盤工学―信頼性設計の理念と実際』(技報堂出版)など。

 

 
 
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