『フットボール・コーチングセミナー』開催レポート

□パネルディスカッション
『コーチング』をテーマにトップコーチが持論を展開
小学生向けフットボール3種クリニックでは、ヴィッセル神戸、コベルコスティーラーズ、 関学アメリカンフットボール部などのコーチが、コーチングの見本を披露してくれた。 競技別のスキルのコーチングが見られ、見学者からは「参考になった」との声が聞かれた。 が、しかし、ここで視点を変えてみよう。コーチングには競技特有のスキル面もあるが、 競技を超えて共通するものもあるはずだ。いかにしてプレイヤーのモチベーションをアップ するか、根性をどう考えるか、コーチングの勘所とは、などである。コーチングの思想と でもいえばよいだろうか。それを学ぶこともコーチには重要だろう。 そうした視点からトップコーチによるパネルディスカッションが企画された。パネリストの 3名はいずれもチームを率い日本一に導いた名将たちだ。サッカーからは昌子力氏。元ヴィ ッセル神戸ユース監督で、1999年Jユースカップで優勝し、現在は姫路獨協大学サッカー部 監督。ラグビーの平尾誠二氏は、コベルコスティーラーズでチームを7連覇に導いた。その後 ラグビー日本代表監督を務め現在は神戸製鋼ラグビー部ゼネラルマネジャー。そしてアメリ カンフットボールの鳥内秀晃氏は、2002年にチーム初のライスボール日本選手権優勝を果た した関西学院大学アメリカンフットボール部監督。 テーマは『コーチング』。あえて茫洋とした設定で、逆にパネリストの様々な体験談から 思想を浮かび上がらせようという試みだ。議論の輪郭は始まってみなければわからない。

■最初の問い
「先に行われた小学生向けフットボール3種クリニック。各競技のコーチングの目的は何 だったのか」。コーディネータの問いは、先ほど誰もが目にした実際のコーチングから始まった。 サッカーでは、足でボールをコントロールするという最大の魅力を体験することが目的だった。 丸いボールは「よく転がり」、「よく動く」。足でコントロールするスキルは基本だ。ラグビー では、“どこにパスを出せばよいか”“スペースはどこにあるか”を体験すること。そのため 『スペース』に注意を集中させるオリジナル・ゲーム『スペースボール』を行った。アメリカン ・フットボールは、パスのコースを想定し、投げ手と受け手の呼吸を合わせることを目的にコー チングが行われた。それぞれに競技特性を踏まえたコーチングであるが、コーチがプレイヤーに 声をかけモチベーションを高めようとしていたのは共通している。
■コーチングの巧みさ
最初の問いをきっかけに、議論は動き出した。小学生にどのようにしてスポーツに親しんで もらうか、に論点が移ったのだ。平尾氏によれば「まず楽しさを教える。楽しければ上手く なりたいと思う。その上で上達するには厳しさにも耐えることが必要だと『気づかせる』」。 「ゲームなど遊びが多様化した現代で、他の遊びよりスポーツを選んでもらうためにはコー チングの巧みさが必要」という解答だ。“気づきを与えて人を動かす”のは平尾氏の持論と いえよう。 サッカーでも同様の考えだと昌子氏。「体格に劣る日本人が世界と戦うためには体をぶつけ合う と当たり負けする。だから当たらないようにさばく、いなす、練習をしようという発想になっ ている。」という。昌子氏はそれを「まろやかな指導」と表現した。
根性は必要か
しかし昌子氏は「そういうまろやかな指導に対して、甘いとの批判もあるようだ」と付言する。 ここで厳しさとそれに耐える根性が必要ではないか―この自然な疑問に論点は移っていった。 3氏とも「根性や精神力は必要」として意見は一致する。しかしそれは「特別なものではなく サッカーでいえばボールを止める、蹴るといったスキルと同じように必要なもの」(昌子氏)。 「力の拮抗したチーム同士でギリギリのところで勝敗を分けるのは根性かもしれない。 しかし100対0で負ける相手に根性だけで勝てるわけはない。根性は技術や体力や戦略があって 最後の数パーセントを占めるもの」(平尾氏)。 また鳥内氏は「根性は絶対必要。あって当たり前。」としながらも「そのうえで何をするのか が大事」と強調。 コーチングには、まずは楽しさを教える『巧みさ』が求められている。『厳しさ』はあとで教え ればよい。ただ、コーチには根性主義に陥らない『合理性』が必要―今日の議論の輪郭が浮かび 上がってきたようだ。
合理性とはなにか
合理性については、いくつも観点はあるだろうが、昌子氏は神経系の発達の観点から小学生年代 から始めることのメリットを説き、平尾氏は、日本代表監督時代に日本選手は高校からラグビー を始めた者が多かったことを引き合いに出し、早期にラグビーを始める他国のプレイヤーに比べ てゲームを読む力の不足が大きいと指摘。また鳥内氏は急ブレーキ・急加速・曲線で走るという 「走りのバランス」の重要性を指摘して複数のスポーツをやることのメリットを説いていた。 ユース監督だった昌子氏、個人の自律性を重視する平尾氏、かつてサッカー選手だった鳥内氏。 合理性の解釈にも、各氏の個性が出ていて興味深いが、それぞれの視点でスポーツについて 合理性を追求していることの表れだろう。
厳しさとはなにか
一方「厳しさ」についてはどのような議論がなされたか。昌子氏の「やりきる強さを教えるという ことでしょう。」という言葉が印象的だった。この年(2004年)のサッカー欧州選手権ポルト ガル大会。主要大会での優勝経験がほとんどないというギリシャが優勝を飾った。監督はドイツ人 のレーハーゲル氏。昌子氏は日本人初のサッカープロ選手の奥寺康彦氏から、「レーハーゲル氏が、 ものごとを徹底してやるのに驚いた」と聞いたことがあるという。サッカーの試合は90分。その うち一人の選手がボールに触っている時間は2分ほどでしかない。そのためボールに触れていない 大半の時間に、どれだけいい動きや判断ができるかが非常に大切になってくるという。直接ボール に絡んでいない場面では力を抜いてしまいがちだが、そんなときに相手に抜かれるなどミスが出る。 「ギリシャの優勝は、レーハーゲル監督がそれではだめだということを徹底して行った成果なので しょう」と昌子氏は観る。
まとめとしてコーチ自身に向けて
最後に、合理性と厳しさはコーチ自身にも向けられるようだ。鳥内監督は選手との接し方について いう。「コーチが、なぜ失敗したか説明できないようでは、コーチが自分の無能さを曝すような ものだ」 「選手の動機付けには、まずチーム目標を決めること。そしてそのためにやるべきことを徹底的に やる。」と続ける鳥内氏。「なにをすべきかは選手に考えさせる。そしてそれがなぜ必要かをよく 話し合う」という。これは平尾氏がいう「気づきを与える」ことに通じるように思える。 「練習に出て選手と接し、選手を見る。チームの一員として、全員が自分の役割をしっかり果たす ように指導していく」(鳥内氏)―これは昌子氏のいう「やりきる強さ」に通じるだろう。 約1時間半。会場には100名以上の聴講者が集まり、熱心にメモをとる姿も見られた。野球を始め、 サッカーでさえも競技人口は緩やかに減少しているという。それに歯止めをかけるのは、指導の巧みさ、 合理性、厳しさなのだろう。そのためには指導者は自ら学ぶ姿勢が欠かせない。今回のパネルディス カッションを通して、指導者同士の意見交換の場が増え、新しいネットワークが広がっていくことを 期待してやまない。 以上

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