平 尾
ところで、阪神の大震災の時もそうでしたが、今回のイラク人質事件でも「トラウマ」とか「PTSD」という言葉がよく出てきました。そういう大きな災害や事件でなくても、最近ではこの言葉を頻繁に耳にするようになりましたね。

和 田そうですね。たとえば、人質にされたとか、レイプされたとか、あるいは戦場に行ったりすると、心に大きな傷を受けますよね。それをトラウマ、心的外傷といいますが、それによって精神が不安定になったりさまざまな症状が出てきます。トラウマとなる体験をしてから1ヶ月以上たってもその症状が残ったときに、PTSDとなるわけです。ただ、心の病というのは原因が一つではなく、二つ、三つと重なっていることが多いんです。その人がPTSDになるかどうかは、そのとき受けたダメージの差によるところが大きくて、たとえばレイプなら5割弱の人がPTSDになる。帰還兵ならば4割ぐらい、脅迫や暴力なら2%ぐらいがPTSDになるという統計があります。でも、逆に言えばPTSDにならない人もいるわけです。どういう場合にPTSDになりやすくて、どうすれば発症しにくいのか。それは、その後の対応なんですね。たとえばレイプ事件ならば、被害者に対して「油断があったんじゃないか」と言ったり、裁判でひどいことを聞かれたり、夫の理解が得られず離婚されてしまったり、そういうことがあると発症しやすくなるんです。

平 尾なるほど。

和 田そういった周囲の受容不足による顕著な例があるのが、アメリカのベトナム帰還兵です。ベトナム戦争以前の戦争(第二次世界大戦など)では、帰還兵はヒーローでした。だから、PTSDになる人は少なかったけれど、ベトナム戦争後は一気に増えたんです。あのときは国民の反戦感情が高まっていたこともあって、帰還兵に対して「あんな残虐な戦争をしやがって」とか、「勝ちもしないで」という冷たい目が多かったのです。

平 尾確かに、傷ついて帰ってきた人に対して、さらにむち打つようなことをするか、「よく戦ってきたじゃないか」とねぎらってあげるかでは、ぜんぜん違いますね。

和 田そうなんですね。そういう意味では、心理学は人間の心のごく当たり前のことを扱っている学問であって、難しいことではないと思っています。当たり前の気持ちを分かってやる、相手の立場に立ってものを考えるということです。たとえば、自分には妻や恋人がいる人が、失恋した友人に「彼女なんてすぐできるよ」とサラリと言ったとしますよね。すると、「お前には、彼女がいるからいいよな」となるでしょう?

平 尾なりますね(笑)。そこで自分だったらどうだろうかと想像しないと、本当の意味での励ましとアドバイスはできないかもしれませんね。

和 田そういうことって心理学者でなくても、スポーツのコーチであれ学校の先生であれ、みんな経験していることなのです。

平 尾そうですね。昔ならば一般常識の一項に入っていたことなんでしょうけど。

和 田イラク人質事件の報道だけでなく、最近のマスコミ報道を見ていると、日本ではその当たり前の部分が欠けてきて、嫌な時代になってきたという気がしますね。

平 尾確かにテレビを見ていると、人の足を引っ張っているような番組がありますね。でも、それで人気を博している。つまり、見て喜んでいる人が多いということで、そういう社会も問題があると思いますね。

 

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