佐 野そうなんです。さらに二つ目としては、賃金コストが20分の1、30分の1であったとしても、その人たちが技術を習得しなければ、労働力としては20分の1、30分の1に相当する人たちです。ところが、その人たちの中にも技術を広めるためのトレーナーがどんどん出てくるようになった。実は日本でもある時期までは、そうした人たちがたくさんいて、実際に技術を教えていたのですが、今ではそうした人たちが教えるべき人間がいなくなった。それが中国や東南アジアには、若い労働力としてたくさんいる。ですから、そういう人たちがどんどん外に出るようになり、自分たちの持っている技術を教え始めたことで、若いトレーナーがどんどん育っているのです。

平 尾同じようなことはスポーツ界でもあります。例えばラグビーでも、日本では一種の需要の関係からコーチとして残れなかったけれど、仕事の関係などでアジアの地域や南太平洋の地域へ行って、そこですごく立派なコーチングをして、その結果、その地域のラグビーがすごく強くなったという例があります。こうした例はラグビーだけでなく、柔道やバレーボールでもかなりあると聞きます。日本で技術を学んだコーチングスタッフが外に出るようによって、その技術がどんどん海外にも伝わるようになった。そうなるとプレイヤーとしての価値、つまり労働力は20分の1、30分の1ではなくなるわけですね。

 

佐 野そうなんですね。では、そうした流れのなかで日本は何をしてきたかというと、実はそうした状況になることは最初から分っていたにも関わらず、その賃金水準を維持するため、高い所得を維持するために、「やはり技術でがんばるんだ」「よりハイテクを考えるんだ」「より研究熱心になるんだ」「彼らが追いついて来るなら、歯を食いしばってでももう一歩先に行くんだ」「その努力をし続けるんだ」……ということをずっと思い続けてきた。特に80年代は、そうした思いが強かった。実際、ある時期まで日本のハイテク技術は世界に冠たるものだった。日本人のほとんどが「もう我々はどこにも負けようがない」とさえ思った時代もあったのです。しかし、その後バブルを経てボールゲームの質が変わってきたら、途端に「ちょっと待てよ。自分が今まで鍛えてきたあの技術やあの考え方は間違っていたのではないか……」という思いに捕われ始め、この5年は自信さえ失い始めている。その結果、得た結論は何かというと……、今の言葉ではありませんが「どんなに歯を食いしばって新しい技術を開発しても、すぐに外に伝播してしまうのなら、最初から安い賃金の人たちを使った方が、世界に育っていく企業としてはバランスがとれているのではないか」ということだったのです。実際、そのように考え直すべきだと考えている人たちがすごく増えている。その一方で、国内にいる人たちはどうなっているかというと、昔ながらの枠組みを堅持している組織が多い。

平 尾それはよく分かります。特にスポーツ界は良くも悪くも旧態依然とした組織が多いですからね。

 

 
 
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