岡 田だから、僕の場合は“地”でやってるんだけど、あえて監督に必要な資質というなら、「もう、こうなったらしょうがない」とか、「ダメだったら、オレが辞めればいいんだろう」という開き直りというか、最後の最後に腹がくくれるかどうかだと思うね。監督というのは、自分でやった仕事に対しては自分で責任を取る。そこが、例えばマスコミのような仕事とは違うところで、自分でやったことに対しては絶対に自分で責任を取る。だから、どこかで腹をくくらないとやっていけないわけよ。それができないと、なかなか成功しないということは言えると思うね。

平 尾人間、開き直ったらめちゃくちゃ強くなりますからね。

岡 田
そうなんだよ。確かに「ああでもないこうでもない」と戦力分析してみたり、戦術を考えることも必要だけど、最後は「よっしゃ、もう分かった。だめならオレが責任取ればいいんだろう」と腹をくくれるかどうか。でも、それができる人間というのは、見てるとそれほど多くないね。なんかまだ、こんなことしたら格好悪いとか、開き直れない人の方が多い。僕はもう人に良く思われようとか、平尾みたいにカッコ良く見られたい(笑)という気持ちはないからいいんだけど(笑)、でも見てると開き直りというのは人間の本当の強さ、人間ってこんなに強いんだというのを見せてくれる。ところがその前に、たいていの人は投げ出したりして、あきらめてしまう。だけど、そのどん底で開き直ったら、本当に強いんだよ、人間て。

平 尾岡田さんがそれに気がついたのは、いつごろでした。

岡 田やっぱり98年のワールドカップで代表監督を務めたときだよね。僕はこう見えても、本来弱虫なんだよ(笑)。あのときも、97年の最終予選の途中で代表監督になって、98年のフランス大会の本戦までチームを率いることになったんだけど、いざワールドカップの本番ということになったら、そのあまりの重圧に「オレ、こんなプレッシャーに絶対耐えられないわ。どうしよう。絶対に無理だから、もう辞めさせてもらおう」……そればっかりしか考えられなくなってね。それが本戦に入ってグループ予選迎えたら、突然途中から「もう、ええわ。どっちみち、なるようにしかならんやろう」と開き直れたんだよ。そうしたら人間んて不思議なもんでね、そう思ったら突然怖いものがなくなってね。うちのカミサンもびっくりするぐらい自分が変わったんだよ。その時、ほんと人間んて強いもんだなと思ったね。

平 尾そこへ行くまでに逃げ出したりあきらめたりしていたら、多分気づかないんでしょうね。でも、人間は誰でも土壇場に来たら、メチャメチャ強い。また、そういうものを持っているんですよ。でもそうなる前に、誰かが助けてくれたり、逃げ道を作ったりするから、そこまでみんな経験できない。

岡 田そうそう。僕の場合は本大会前に、最終メンバーからカズ(三浦知良選手)を外したり、いろいろあったからね。あの時も、それまで友だちだと思っていた人間がサーっと距離を置くようになったり、自分の周りからパーッと人が離れていくのが分かったからね。「あーっ、人間んてそんなもんなんだなあ〜」……と。それが分かったら、「もう人にどう思われようがいいじゃないか」と、そんな気持ちが一切なくなった。そのおかげで僕は、誰でもが持ってるはずの強さみたいなものを見つけられたんだと思う。

岡 田それまで僕は……と言っても子供時代だけど、ものすごく人前に立つのが苦手で、人前ではよう話せなかったんよ。信じられへんかもしれんけど(笑)。

平 尾えっ、岡田さんもですか? 実は僕もそうだったんですよ。僕も小学校のころまで人前に出るのが苦手でね。それが中学入ってラグビーをやるようになって、自分の周りが変わってきたのをきっかけに、ちょっとづつ積極的になれるようになったんですよ。

岡 田へえ〜。平尾もオレと似たような経験があったんだ?

平 尾
そうなんですよ。小学校のころまで人前で喋るのが大嫌いだったんですよ。ところが中学になってラグビー始めて、それがおもろいものだから頑張る。そうすると、それまで自分の中に眠っていた自信を、どこかで取り戻すんですね。自信を取り戻すと、それが自然に周りにも伝わるから、例えば今までなったことがない学級委員にも選ばれたりとか。そうなると、今度は人前で喋らなければならなくなる。本当はそれが嫌で、嫌で仕方ないんだけど、ラグビーは好きでやりたいからそんなこともやるようになる。そうやってちょっとづつ時間かけて変わっていったんです。

岡 田なるほど、ラグビーを始めたことで自信を取り戻せたんだ。

平 尾そうなんですよ。で、3年生のときにキャプテンになったんです。中学、高校のキャプテンというのは、ほとんど先生の指名じゃないですか? 僕の場合も最初は中学2年の2学期が終わったときに先生から指名されて。先生から言われて以上、やらなければ仕方がない。当時のラグビー部は、まだ練習をさぼりたい連中が多かったから、なんとかそんな連中と折り合いをつけて、練習もしなければいけないし、ゲームにも勝ちたいしということで、キャプテンとしてみんなを説得することを覚えていったんですね。

岡 田僕の場合も中学、高校、大学とずっとキャプテンやって、それでちょっとずつは変わってきたんだけど、本当に完全に乗り越えたのは、やっぱりワールドカップだったね。それまでは、いつもうまく喋らなければいけないと、どこか格好つけてたんだけど。例えば……僕は結婚が早くて学生結婚だったんだけど、結婚式のときに親父がみんなの前でスピーチしてくれたんだよ。それを女房と二人で緊張して、こんなになって(立ち上がって、気をつけの姿勢で)聞いていたんだけど、そのとき、ふと「オレも子供が生まれて父親になったら、こうやって人前でお礼の挨拶しなければいけないのかな?」と思ったら、「でけへんわ! オレには絶対、人前でこんなことしゃべられへんわ!」と。それぐらいやったからね(笑)。

平 尾その気持ち、僕もよく分かりますよ(笑)。僕もそんなにいうほど、殻がバーンと剥けたのは早くはなくて、今、岡田さんが言われたように、自分をよく見せようというような気持ちがどこかでなくなったとき、ようやく一皮剥けたんだと思います。だから、今の結婚式のスピーチでも、いいことを言ってやろうとか思っているうちはだめで、何も考えずに行って、その場の空気で“素”の自分を出したほうが、うまく自分の気持ちが喋れる。

岡 田うん。結局はそこなんだよ。自分を背丈以上に見せようとするから苦しい。自分は「こんなもんなんです」と、正直に見せようとすれば全然苦しくない。それに気づいたのが、僕の場合はたぶん、代表監督のときだっただろうと思う。実際、自分の決断一つでワールドカップに出れるかどうかを考えたら監督なんて怖くてたまらんよ。その時に「もうええや、(結果は)おいとけ!」と言えるかどうか。「いまさらオレがベンゲルやザガロになれるわけでもないやろ。(結果が悪かったら)岡田武史を監督に選んだ協会が悪いんや!」というぐらい(笑)、本当に開き直れるかどうか。それも監督をやる、大事な資質の一つかもしれんね。

 

Copyright(C)2005 SCIX. All rights reserved.