平 尾人材育成の話がでたところで、リーダーシップについて先生のお考えをうかがいたいですね。先生ご自身も、学長という立場でリーダーシップを発揮していらっしゃる。

松 尾私は学生時代、山岳部だったんです。そのとき、今西錦司先生(生態学者、人類学者、日本の霊長類学の創始者。登山家としても有名で、松尾氏が京都大学在籍時、同大学の教授を務めていた)にリーダーシップ論は叩き込まれました。今西先生の著書にもありますが、リーダーシップには三つの条件があって、ひとつは「人格・人柄」、もうひとつは「先見性・洞察力」。この二つは持って生まれたもので、育てようとしてもダメなんだと。ただ3番目の条件である「常に責任をとる覚悟ができていること」は習得するもので、今西先生からは「松尾、お前ものすごい訓練せんと身に付かんぞ」と言われたものです。
まあ、そこからスタートして現在の私が思うのは、「こうやれ」と指示して「はい、やります」と従わせるのは、リーダーシップじゃないということですね。自分自身がやりたいことを、チームや部下、周りの人たちに「あれは初めから俺がやりたかったことなんだ」と思わせるのがリーダーシップなんだと考えています。ただ、これを実行するには、ものすごい時間がかかるんです。
それから、絶対に、「マジョリティ」の意見には同調しない。少数意見にこそ、いいものがあるというのも、私の信条です。まあ、リーダーシップに関してはいくつか自分なりの考えがありますが、平尾さんにはかないませんよ(笑)。

平 尾いやいや、とんでもないです(笑)。今、お話になった「自分のやりたいことを、周りの人間が『実は、あれは俺がやりたいのだ』と思わせる」というのは、ボトムアップの心理ですね。

松 尾そうですね。私は「俺がやりたかったのだ」ということを、なるべく見せないようにしています。やっぱり、人から言われたからやるのでは、本気になりませんわ。「俺がやろうと思っていたことを、誰か何か言っていたな」くらいで、いいのではないですか。

平 尾そうですね。私は、「説得から納得へ」という言葉を最近よく使っているんです。説得ではないんです。まず、納得させないとね。「ああ、そうか。そうだな」と心の中で相槌を打つようなコミュニケーションが必要です。そうして、次なる行動に積極的に、自発的に移っていく。そういうやり方が、大切なんだと思います。ただ、日本人の場合は、どうも上下関係の高圧的な力を用いて説得し、ひれ伏させるのがこれまでの一般的な手法でした。でも、それでは本人が全然納得していないものだから、目を離したらすぐにさぼる(笑)。自発性に乏しいから最終的に効果が上がらないということも少なくない。だからこそ、先ほどおっしゃったように、提案したことが「実は俺がやりたかったことだ」と思わせることは、とても重要だと感じますね。

松 尾スポーツの世界でも同じでしょう。

平 尾ええ。監督責任とか、設定型や命令型のコーチングはもう古臭いですね。誘導型や提案型のコーチングにしていかないといけない。本人たちが「なるほど、そうだな」「俺が言いたかったのは、こういうことだったのだ」と思うことを言葉に代えて、主体的に行動していくように仕向ける。現在は、そういうリーダーシップが求められているんだと思います。

 

 
 
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