平 尾ところで、もともとドーピング問題はIOC(国際オリンピック委員会)が中心になって動いていましたね。

河 野IOCはオリンピックが主体ですから、4年に1度、夏冬あわせても2年に1回のドーピング対策しかできない。しかし、スポーツの国際大会はFIFA(国際サッカー連盟)がワールドカップを行うように、国際陸上競技連盟や国際水泳連盟などといった各競技団体が、IOCのコントーロールを受けずに、独自で動くところが増えています。そうなると、ドーピング問題に関して、IOCの方法だけでは対応できない。つまり、スケジュール的にも、禁止薬リストやその検査方法などといった中身の問題についても、もっと細かい対応が必要になってきた。いうならば、IOCの方法は、アマチュアがボランティア組織だけでやってきたけれども、それではとても間に合わなくなってきたわけです。

平 尾それで、「アンチ・ドーピング機構(WADA)」ができたわけですね。

河 野
はい、1999年11月に設立されました。これは、「フルタイム・ジョブ」です。アンチ・ドーピングに取り組むスタッフは、IOCの10倍、20倍になっています。さらに、日本に「日本アンチ・ドーピング機構(JADA)」があるように、世界の各国が国内にも組織を持つようになりました。
この「アンチ・ドーピング機構」というのは非常にユニークな組織です。我々は、「ハイブリッドな構造」と言っていますが、ファウンディングはIOCが半分、各国政府が半分という割合で負担しています。従って、理事の数も半分ずつ。IOC側には、夏冬オリンピックの種目となっている各競技団体や、パラリンピック関連の団体も入っていて、スポーツ全体をカバーしています。日本は、99年の設立と同時に政府側の理事兼アジア地域を代表する常任理事となり、WADAの地域オフィスも日本に置かれています。

平 尾そこに常駐するスタッフもいるわけですね。

河 野内閣府から来ていただいています。内閣府から人を出すにあたって、WADAもユネスコなどと同じような国際機関という位置づけにして、法律も整備しています。そういう意味では、これまでになかった政府の対応でした。

平 尾なるほど。日本はWADAの中では、かなり重要な役割を担っているというわけですね。ただ、日本国内に目を向けてみると、まだまだドーピングに対する国民の問題意識は低いように思いますね。先ほどの話では、ヨーロッパの場合、ドーピングへの取り組みが「政策」になっていて、税金を投入している分だけ納税者である国民の関心も高いということでした。日本では、ドーピングは“スポーツの中にある一部の出来事”という考え方で、コーチと選手の間で行われることというとらえ方がされているように思います。

河 野もちろんスポーツの現場では、そこがいちばん重要なところです。ただ、日本の場合、これは僕たちにも責任があるかと思うのですが、「必要な情報」と「正確な情報」が国民に十分伝わっていないということがあると思います。個人個人のドーピングに対する問題意識が低いというよりも、情報発信が遅れていることに問題であると思います。

平 尾情報が発信されないというのは、どういう理由からですか?

河 野先ほどもお話したように、組織がボランティア的だったからでしょうね。これが、プロフェッショナルな組織であれば、かなり違っていたと思います。たとえば、覚醒剤やシンナーなどの薬物乱用防止教育も同じ文部科学省が行なっていますが、こちらは「ノー、ドラッグ」といったCMやポスターをたくさんつくって、国民にも情報が行き渡っていますね。それは、ドーピングとは異なって、文部科学省が直接、キャンペーンを行っているからです。それに対してドーピングは、残念ながらこれまで政策的にきちんと取り組んでこなかった。ですから、国民的な問題という位置づけでは、まだまだこれからだと。

<<つづく>>

 

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