■ 第7回SCIXスポーツ・インテリジェンス講座
第2回「『なでしこの育て方』〜サッカーへたくそ少女が世界と戦うまで〜」 
講師:池田浩美氏
日時:2013年5月18日(土)19:00〜20:30 
会場:神戸国際会館セミナーハウス

 第2回の講師は、サッカー女子日本代表のキャプテンとしてチームを牽引し、佐々木則夫監督のもと2008年北京五輪で4位入賞を果たした池田浩美氏。「今のなでしこジャパンに最も近い存在」のひとりである池田氏に、諦めないことの大切さや、チームが苦しいときに踏ん張る精神力をお話しいただきました。

 池田氏がサッカーと出会ったのは、16歳の時のこと。それまではバレーボールや陸上競技をしていたそうです。しかしそれほど熱中できず、高校進学時には「3年間夢中になってやれるものを探そう」と思ったとか。「それでちょうどその時期に好きだった男の子がサッカー部だったこともあり、サッカーが好きになっていたので、それで入部したんです」と笑いながら話してくれました。
 そして高校3年間サッカー部でプレーした池田氏。どの競技でもある程度プレーできたそうですが、サッカーだけは納得のいくプレーができなかったことで、逆にのめり込んでいきました。高校卒業しても社会人リーグのチームでプレーしたいと思い、セレクションを受けに行きます。しかし全て不合格。それを受け高校の指導者が、田崎ペルーナに連絡すると、たまたまペルーナの監督が、池田氏が高校3年時の大会ですばらしいシュートを決めた場面を見ていたこともあり、「あのシュートを放った選手なら」ということで入団が決まりました。「実はあれは本当に一生に一度のことで(笑)。現役を終えるまで、ペルーナの監督には『あのシュートを決めた子がこんなに下手だったのか。だまされた』と言われ続けましたね」

 入団当時、田崎ペルーナは、2部リーグでしたが、入団2年目に1部昇格。その頃1部リーグでは、どのチームにもフォワードに外国人選手がいたため、ディフェンダーだった池田氏は常に世界のトップ選手と対峙しなければいけなかったそうです。「当時の女子リーグは戦術云々というレベルではなかったので、とにかくディフェンダーは外国人選手についてまわれというのが監督の指示でした」と話す池田氏、シュートを打たれないように1対1で相手を徹底的にマークしたそうです。「私は技術がないので、必死で食らいついていきました」。その姿が認められ、サッカーをはじめて5年目の入団2年目に新人賞に選ばれました。

はじめて日本代表に選出されたのは、アトランタ五輪の候補合宿。その時はイヤでイヤで仕方なかったそうです。というのも、池田氏はサッカーが好きだからプレーしていて、代表が目標ではなかったと言います。また自分は下手なのに、なんで代表に呼ばれたんだろうという思うもあり、合宿では目立たないように息をひそめていたそうです。しかしある日、監督に呼ばれ、「お前のことは上手い選手だと思って呼んでいるわけじゃない。どんなに抜かれても相手に食らいついていくのは、お前が一番だと思って呼んでいるんだ。とにかく、今できることを精いっぱい表現してくれ。その部分だけでも世界一になれるよう、スペシャリストになれるよう頑張れ!」と気合を入れられたそうです。それをきっかけに、『最後の最後まで身体を張る』という自身のプレースタイルを確立。同時に、人間というのは、自分の良いところより悪いところが目につく、自分自身の良いところを理解することが大事であるということを学んだそうです。

それからサッカー女子日本代表はシドニー五輪出場を逃します。その頃がもっと苦しかった時期だったと話します。バブルがはじけ、企業がチームを廃部にしていた時期で、日本代表選手でもアルバイトをしながらプレーしていました。「そういう状況をつくったのは、日本代表が結果を残せないから。私たちが日本の女子サッカーをダメにしたんじゃないかという思いが強かった。一緒に戦った澤(穂希)もそうです。それで自分たちが女子サッカーを担っていくんだと自覚して、頑張って環境を変えていくしかないと思いました」と池田氏。キャプテンに就任してからは若手を部屋に集めて、「私たちが代表としてここに来るまでにはたくさんの選手が関わって時代をつないできてくれたから、今の自分たちがある。そのことを忘れてはいけないし、そういう気持ちを持って代表として戦っていこう」と話してきたそうです。池田氏は、2008年に引退しますが、後輩たちは2011年W杯で優勝。「なでしこがW杯でも五輪でも、最後の最後に勝てるのは、そういう歴史、使命感が伝わっているのだと私は思っています」と断言。さらに現在活躍中の選手についても言及し「今のなでしこは、技術が上がり、足下のプレーが上手な選手ばかり。中でも宮間(あや)や坂口(夢穂)は天才的なものを持っていますね。その分代表に入ってきた時は生意気でした(笑)。でも人の話はちゃんと聞く素直さがありました。宮間からはW杯優勝の直後にドイツから電話があって『ありがとうございました』と言われました。その時は号泣してしまいましたね」と心温まるエピソードも披露してくれました。

その後、2006年から現在まで、なでしこジャパンを率いる佐々木則夫監督についても触れ、代表選手として6人の監督の指導を受けてきた池田氏は、佐々木監督は、「威厳はないですが、思ったことをすぐに言える距離が近い監督」と述べました。また佐々木監督は、大きな大会の前でも、レギュラーだけでなく、メンバー外の選手とのコミュニケーションも大事にされているそうです。それがレギュラーに替わり控え選手が出てきても必ず活躍するという結果につながっているのではないかと、話されました。

 現在、子育てをしながら京都文教中学・高校で、発足して1年のサッカー部のコーチをしている池田氏。「先日も0-15で負けました(笑)。そんなチームですが、まずは勝つことよりもサッカーの楽しさを指導していこうと思っています」と指導者としての目標を話され、講演会は終了しました。

 


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