最近ではビジネスの世界でも、人材育成プログラムのスキルとして注目を集めている「コーチング」。本来は競技スポーツの世界で、選手育成の手段として語られてきた概念だが、競技スポーツの世界では個々の競技に携わる指導者が、自らの体験に基づいてまとめたコーチング論は多数見受けられても、競技種目を超えた人材育成のスキルとして体系的にまとめられたものが少ないのが現状だ。そこでSCIXでは、スポーツは「人々の生活や地域社会を豊かにする重要な文化」という発足以来の理念から、「コーチング」を人を導き、人を育てる社会的な営みと位置付け、スポーツの現場に携わる方々はもちろんのこと、教育、ビジネスなど幅広く人事育成の現場に携わる方々と「コーチングとは何か」を論じ合って行けたらと考えています。その題材として今回は、仙台大助教授でコーチング学やスポーツ情報戦略などを専門に取り組まれている勝田隆氏の『知的コーチングのすすめ〜頂点を目指す競技者育成の鍵』を取り上げ、同氏の考える「コーチング論」を伺いながら、その本質に迫ってみたいと思います。

最終章は『コーチングの科学と情報を考える鍵』ということで、かなりハイレベルな競技者に対するコーチングについて書かれていますね。

勝 田そうですね。平尾(誠二)さんが日本代表の監督をしていたときに、私はテクニカル・ディレクターとして関わらせていただきました。そのときの自分の体験や経験を通して、日本のスポーツ界にぜひ考えてもらいたい分野ということで、この章を書きました

今、“テクニカル・ディレクター”と言われましたが、日本でもやっとテクニカル部門が重視されてきました。

勝 田はい。トップリーグのチームの多くが、テクニカル・スタッフを置くようになりましたね。オリンピック委員会でも専門のスタッフを登用してますし、テクニカル・カンファレンスも行っています。ただ、まだまだ確立された分野ではないため、ここでは「私的テクニカル論」というように、“私的”という文字をつけています。

具体的にはどんな分野だと定義していらっしゃるのですか?

勝 田“テクニカル”という言葉は、英語の“テクニック”からきていますが、「技術」だけでなく「専門」という意味があります。さらに“テクニック”の語源はラテン語の“テクネ”。これには「政治術」という意味もあります。“テクニカル部門”というと、コンピュータを使ってデータ分析をするイメージがあるかと思いますが、それは一つの小さなパートに過ぎません。情報を集めて相手のやっていることを把握したり、あるいはオリンピックでいうロビー活動のようなものも含んでいて、目標を達成するために情報をどう使うのかということを専門的に行う領域だと私は考えています。

これまでは、その領域のスペシャリストは育ってきませんでしたね。

勝 田そうですね。他国や他のチームが何をしているのか、監督やコーチの目の届かないところの情報を集めて分析し、それを強化に繁栄していくスペシャリストは今後ますます必要になってくると思います。「情報を制する者は、世界を制す」という言葉があるように、今の時代、情報戦略はどの分野でもたいへん重要になってきています。しかし、表面化して見えるわけでもなく、また多くは表面で見えてはいけないというのが、情報戦略でもあります。しかも、結果が出にくい。ウエイト・トレーニングとか、メンタル・トレーニングなどは、比較的結果が出やすいのですが、情報戦略はすぐにグラウンドに反映されるというわけではありません。スポーツの世界ではすぐに結果を求めたがる傾向があるため、頭では大事だと分かっているし、スタッフとして組み込んではいるけれど、実際に組織化してグラウンドに落とし込むという作業まで行き着かないところが多いようですね。時間がかかるけれど、今後、成長させていって欲しいと思っています。

 

最後になりましたが、『知的コーチングのすすめ』という本のタイトルですが、「知的」という言葉を用いたその意図を教えてください。

勝 田第2章でもお話ししたように、スポーツを行うにはさまざまな「知」が必要です。さらに私は、「知」の作業がメインならないと、本当の意味でスポーツを楽しむというところまでいかないだろうと考えています。

たとえばスキーをしているとき、緩斜面ならば別のことを考えたり、携帯でメール打ったりしながらでも滑れます。しかし、急斜面だったらそんな余裕はなくて、滑ることに没頭している。いわゆる「フローな状態」です。フローな状態になると「頭の中が真っ白になる」などと表現しますが、実際はそんなことはなくていろんなことを考えています。斜面の様子を観察し、どんな姿勢で、体重をどうかけて、ストックの操作はどうするのか…、とにかく必要な「知」を総動員して頭の中はフル回転している。

私は、まったく別のことを考える余地などないフローな状態に、スポーツの究極の楽しみがあるのだと思います。フローな状態の楽しさを知ると、挑戦していくことが最も楽しいことだと気づくでしょう。もちろん、スポーツにはいろいろな楽しみ方があっていいけれど、競技スポーツに携わる者としては、このフローな状態を共有したい。だから、コーチも必死で考えて指導しているわけです。
 まさにスポーツは、「知的」作業です。そういうメッセージを込めて、この言葉をタイトルにつけました

どうもありがとうございました。

 

 
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