最近ではビジネスの世界でも、人材育成プログラムのスキルとして注目を集めている「コーチング」。本来は競技スポーツの世界で、選手育成の手段として語られてきた概念だが、競技スポーツの世界では個々の競技に携わる指導者が、自らの体験に基づいてまとめたコーチング論は多数見受けられても、競技種目を超えた人材育成のスキルとして体系的にまとめられたものが少ないのが現状だ。そこでSCIXでは、スポーツは「人々の生活や地域社会を豊かにする重要な文化」という発足以来の理念から、「コーチング」を人を導き、人を育てる社会的な営みと位置付け、スポーツの現場に携わる方々はもちろんのこと、教育、ビジネスなど幅広く人事育成の現場に携わる方々と「コーチングとは何か」を論じ合って行けたらと考えています。その題材として今回は、仙台大助教授でコーチング学やスポーツ情報戦略などを専門に取り組まれている勝田隆氏の『知的コーチングのすすめ〜頂点を目指す競技者育成の鍵』を取り上げ、同氏の考える「コーチング論」を伺いながら、その本質に迫ってみたいと思います。

第4章の『練習を考える鍵』では、実際にコーチングを行うに当たって重要となる練習の組み立て方が具体例をもって示されていますね。

勝 田先ほどお話しした「ヒューマン・スキル、コンセプチュアル・スキル、テクニカル・スキル」という3つのコーチング・スキルでいうと、ここからが「テクニカル・スキル」になります。この本は、ビジネス書でもなければ、グレートマン・セオリーでもありません。あくまでも競技現場に立つコーチのためのコーチング書ということで、この本を執筆しました。ですから、ゲームの中で起こっていることをどうとらえて、練習をどう考えていくのかということは、この本にとって非常に重要なことなんです。専門的な内容になってくるので、とっつき難いと思われるかもしれませんが、現場にいる人たちにぜひ読んでいただきたいと思っています

この章の冒頭では、「練習とは」という基本的なことに言及していますね。

勝 田言い古された表現ですが、大切なのは「練習のための練習ではなく、舞台に立つためにどういう稽古をするか」なんです。つまり、何時間練習したかというのは問題ではないということで、時間の概念を取り上げました。

これは、私がラグビーの試合を見に行ったときのことなのですが、あるゲームでトライを取られたチームのキャプテンがチームメイトに向かって「あれだけ練習してきたんだから、負けるわけはないだろう!」と檄を飛ばしている姿を目にしました。こういう言葉は、よく聞きますよね? でも、「あれだけ」とはどういうことなのか。昨年よりも練習しているのかもしれないけれど、相手はもっと練習しているかもしれない。コーチであるならば、そういう感情論だけで選手を奮い立たせるのではなく、効率性とか生産性を考えて組み立てた練習で「あれだけ」ということの裏付をしてやるべきではないでしょうか

 

そこで、“効率性、生産性”を重視した練習の組み立て方を、4つほど紹介しているわけですね。

勝 田日本には武道があったからでしょうか、どちらかといえば型にはめたり、階段を上るように物事を進めていくことが好きな国民のように思えます。武道の昇段試験もそうですよね。一つできたら、次へ進むというものです。ただ、とくに球技系のスポーツというのは、さまざまな要素が瞬時に複雑に絡み合いながらゲームが進んでいきます。極端な言い方をすれば、そういう競技の場合、ゲーム中に起こることを切り取って練習しても、その練習がゲームにそのまま繋がるというわけではありません。たとえばラグビーならば、パスの練習をしたからといって、試合になったらうまくボールを放ることができるとは限らない。実際のゲームでは、相手はプレッシャーをかけたり、タックルに来たりするわけですから。パスやキックというように分解された練習をドリルと言いますが、そういうドリルをうまくこなすことではなく、それをどうやって実際のゲームに応用していくかということが練習にとっては大切なことなんです

当然、ドリルも必要ではあるわけですよね。

勝 田もちろんです。ある段階まではドリルも非常に重要ですし、決して段階的な練習方法を否定しているわけではありません。ただし、切り取った部分を練習しているときでも、完成形をイメージし、どこを取り出しているのかを意識して練習していかなければ、なかなか実践に結びつけることができず、その練習は非効率的なものになってしまいます

「ヴィルプルー方式」という練習方法について書かれた中には、「失敗の体験」ということがありました。

勝 田「ヴィルプルー方式」というのは、ゆっくりしたテンポでゲームを行いながらいろいろなことを学ばせていく練習方法です。この特徴は、プレーヤーの考えでゲームを進めさせて、あえて失敗も経験させることころにあります。そして、なぜ失敗したのかを学習していく。つまり、どういう状態になったら失敗するのかということを、体験させているわけです。

球技というのは、「失敗のスポーツ」と言えます。イチロー選手は素晴らしいプレーヤーですが、彼でさえ打率は4割。6割は失敗をしている。ラグビーでも試合中、さまざまな判断が下されてプレーをしていますが、その中にはかなりの失敗があります。だから、失敗を少なくすることが、勝利に近づくことになる。ところが、コーチングでは「失敗」ということが、あまり真剣に考えられていません。練習中に「ミスをするな」という指導者は多いけれど、むしろ練習中には失敗をさせて「どういうミスをすると、どうなるか」ということを学ばせることは少ない

なるほど、コーチングのうえで「失敗」というのは、重要な分野なんですね。

勝 田そうですね。「どう失敗させて、次にどうつなげていくのか」ということを、しっかりと考えて練習を組み立てることが大切だと思います

 

 
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