最近ではビジネスの世界でも、人材育成プログラムのスキルとして注目を集めている「コーチング」。本来は競技スポーツの世界で、選手育成の手段として語られてきた概念だが、競技スポーツの世界では個々の競技に携わる指導者が、自らの体験に基づいてまとめたコーチング論は多数見受けられても、競技種目を超えた人材育成のスキルとして体系的にまとめられたものが少ないのが現状だ。そこでSCIXでは、スポーツは「人々の生活や地域社会を豊かにする重要な文化」という発足以来の理念から、「コーチング」を人を導き、人を育てる社会的な営みと位置付け、スポーツの現場に携わる方々はもちろんのこと、教育、ビジネスなど幅広く人事育成の現場に携わる方々と「コーチングとは何か」を論じ合って行けたらと考えています。その題材として今回は、仙台大助教授でコーチング学やスポーツ情報戦略などを専門に取り組まれている勝田隆氏の『知的コーチングのすすめ〜頂点を目指す競技者育成の鍵』を取り上げ、同氏の考える「コーチング論」を伺いながら、その本質に迫ってみたいと思います。

第三章は『コーチングの方法を考える鍵』というタイトルがついています。いよいよ、方法論に入るわけですね。

勝 田はい。従来のコーチングは、強豪国を模倣したり、自分の経験だけに基づいた指導だったり、あるいは手探りで進めるということが多く見られたのですが、ここでは論理的にコーチングをしていくことについて考えてみました。

“科学的なトレーニング”とか“科学的なコーチング”などとよく表現されますが、私が考える“科学的”とは、医科学の知見を反映させるだけでなく、論理的に物事を進めていくことで、そこには「効率的で生産的な営み」があるということなんです。とくに、世界と戦うようなトップレベルのコーチングを行う場合は、論理的なプロセスをしっかりと頭に入れて展開していくことが大切です

その際に必要となるのが、コーチングのスキルですね。

勝 田そうですね。大きく分けると3つあって、1つ目は対人関係スキルの「ヒューマン・スキル」。コミュニケーション・スキルを中心にプレゼンテーション・スキルやディベート術などです。2つ目が「コンセプチュアル・スキル」といって、選手やチームに課題を提示するスキルですが、もっと大きな範囲でいえば概念を提示することまで含みます。「意味」とか「意義」を打ち出したり、物事の本質を抽出して示したりということですね。3つ目が「テクニカル・スキル」。これは専門的なスキルで、ラグビーのコーチならばラグビーを教えるスキルであり、さらに子どもたちを教えるなら発育や発達に関する知識を盛り込んだスキルということになります。理論的にコーチングを進めていくには、これらの基本的なスキルがあって、その上で方法論を展開していくことが重要だと思っています

 

この第3章では、「コミュニケーション・スキル」を大きく取り上げていますね。

勝 田第一章で「独りよがりのコーチングではいけない」ということを書いたんですが、その考えがベースにあり、ここに繋がってきます。“コミュニケーション”というのは「伝達、意思疎通」という意味ですが、語源は「分かち合う」「共有する」というラテン語「コンムーニカーティオ(communicatio)」にあると言われています。つまり、一方的に「これをしろ」「あれをしろ」というのはコミュニケーションではなく、私のコーチング哲学では競技者と「分かち合うこと」「共有し合うこと」が基本になります。そのためにどういうスキルが必要かということを、ここに著したわけです

第3章の最後には「知る・わかる・できる」と題して、向上のプロセスと各段階でのコーチング手法が紹介されていますね。

勝 田これは、コーチが指導を行っていく上でたいへん重要なことだと思っています。私にも経験がありますが、「あのとき、ちゃんと言っただろう。なんで、できないんだ」などと口にしてしまうことがあるものです。でも、そういった言い方や考え方は、競技者とコミュニケーションを図る上で、コーチ自らが糸を断ち切ってしまう行為だと思っています。そういった場合、私は「トレーニングされていない」とか、「経験を積んでいない」と考えるようにしています。そう考えると、こちらも気持ちが楽になって、短気を起こすこともなくなるんです。

最終的にコーチが導かなければいけないのは、「いつもできる」というレベルです。最初からできる人はいないし、知ったりわかったりしたからといってすぐにできるわけでもありません。また、何回かできても相手や場所が変わったり雨が降ったりしたらできなくなってしまうこともあります。私たちが携わる競技者や子どもたちというのはそういう存在なのだから、「できない」ことに必要以上にストレスを感じなくていいのです。大切なのは、「知る・わかる・できる」のどの段階にいるのか、あるいはどの段階に戻ってしまったのかをしっかりと見てあげること。そして、その状況に応じて、次のステップやアプローチを考えていくことが重要だと考えています

 

 
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