最近ではビジネスの世界でも、人材育成プログラムのスキルとして注目を集めている「コーチング」。本来は競技スポーツの世界で、選手育成の手段として語られてきた概念だが、競技スポーツの世界では個々の競技に携わる指導者が、自らの体験に基づいてまとめたコーチング論は多数見受けられても、競技種目を超えた人材育成のスキルとして体系的にまとめられたものが少ないのが現状だ。そこでSCIXでは、スポーツは「人々の生活や地域社会を豊かにする重要な文化」という発足以来の理念から、「コーチング」を人を導き、人を育てる社会的な営みと位置付け、スポーツの現場に携わる方々はもちろんのこと、教育、ビジネスなど幅広く人事育成の現場に携わる方々と「コーチングとは何か」を論じ合って行けたらと考えています。その題材として今回は、仙台大助教授でコーチング学やスポーツ情報戦略などを専門に取り組まれている勝田隆氏の『知的コーチングのすすめ〜頂点を目指す競技者育成の鍵』を取り上げ、同氏の考える「コーチング論」を伺いながら、その本質に迫ってみたいと思います。

『コーチングの指針を考える鍵』と題した第2章は、「勝たせたコーチ、育てたコーチ」というテーマから始まっていますね。

勝 田このテーマは、本書の冒頭にしようと考えたほど、大切なテーマです。コーチングというのは、競技者の成長や状況に合わせて、そのときどきに適切な方法があるものです。競技者をよく観察して、どういう状況にあるのかを見極め、コーチとして最適な関わり方をする。つまり、コーチング像というのは必ずしも単一ではないんですね。日本では“グレートマン・セオリー”といって、成功者の話がよく取り上げられるけれども、負けた人からも学ぶべきことはたくさんあるし、必ずしも勝たせた指導者だけがその競技者を勝利へ導いたわけではないということです。

今、私はラグビーに深く関わった仕事をさせていただいていますが、ここに至るまでの自分自身の経験を振り返ってみても、最初に「ラグビーはおもしろいぞ」と熱心に声をかけてくださった小学校の先生がいるし、ラグビースクールで「明日もやりたいな」と思わせてくれたコーチもいる。もし、そのときのコーチが「勝たなければ意味がない」という考え方で、もっと別の指導をしていたら、私はラグビーをやめてしまったかもしれません。やはり、楽しさを知るべき時期にはそのスポーツが持つ本当の楽しさを教えてあげられるコーチが必要だし、選手が勝ちたいと思うようになったら勝たせてあげるコーチが必要なんです。

 

どのようなコーチングをしていくかを考える上で、まず選手がどんな段階にいてどんな指導を必要としているかを見極めなければならないということですね。

勝 田はい、まずそれが前提となります。そして、コーチングの指針を考え進めていくわけですが、その際のキーワードが「知」だと考えています。

昔は、体育会の学生のことを「脳が筋肉でできている」と表現する風潮がありましたね。あたかも、ものを考えずに体だけを動かしているというイメージですね。スポーツをやる側にそう思わせるようなことがあったのかもしれませんが、冷静にスポーツを見つめてみると、そういった認識は大きな間違いであることがわかります。

本書にも例をあげましたが、サッカーのゴールキーパーは、残り時間や得点差、風向き、双方の戦術、位置取りなど、さまざまな情報を瞬時に取り込み、分析、予測をして、最良と判断した情報を味方に伝えています。自陣にボールがなく、あまり動いていないときでも、キーパーの頭の中はフル回転しているんです。ゴールキーパーに限らず、競技者というのはレベルの差こそあれこのような頭脳活動を行っていて、そこには判断力・集中力・決断力・想像力・コミュニケーション能力・認知能力など、実にさまざまな「知」が存在しているわけです。また、トップレベルになると強豪国に勝つために、そのスポーツにおける理化学、マネジメント、国際情勢、政治的判断など、プレー以外の場でもいくつもの「知」が駆使されているわけです

話をお聞きしていると、まさにスポーツは知的活動だということを実感しますが、競技者や指導者にそういう意識は浸透しているのでしょうか?

勝 田まだ薄いように思いますね。そういったこともあり、スポーツにおける「知」をもっと考え、その重要性を認識してコーチングしてほしいという思いを込めてこの章を書きました

 

 
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